クリニカルシークエンシングについて某先生の講演を聞いた

某所でとある先生のクリニカルシークエンシングに関する講演を聞いた。そのときのメモを備忘録として置いておきます。聴きながらメモをとったものを書き起こしたので間違いがいっぱいあるかもしれません。

 

 

日本と海外のクリニカルシークエンシングの現状

アメリカのオバマ前大統領は一般教書演説においてプレシジョンメディシンの重要性を訴えた。プレシジョンメディシンとは、平均的な患者に向けた従来の治療デザインではなく、個人ごとの違いを考慮した、より正確な個別化医療を提供する考えである。アメリカではメガデータを基に研究コホートが作られ、研究基盤が構築された。欧米では医師の指示を受けて行われる遺伝学的検査として4600項目以上が実施可能であり、後方的解析としてこれらのデータを利用している学会もある。アメリカではMSK-IMPACTという検査セットがFDAに承認されており、既に1万以上のデータを出し、現在約2万症例の実績がある。

これに対して、日本のプレシジョンメディシンは出遅れているといってよい。現状では遺伝学的検査としては100項目程度しか実施できない。また、日本ではいくつかの大学がMSK-IMPACTを導入するに留まっている。厚生労働省は、この現状を打破するため「ゲノム情報を用いた医療などの実用化推進タスクフォース」を設立し、来年度の保険収載を目指す大胆な政策を提示した。近年SCRUM-JAPANという、患者の自己負担なしで希少肺がんと消化器癌を対象にした遺伝子検査に製薬企業が参入し、臨床試験に誘導する試みが行われている。他にもがんゲノム医療中核拠点を設定し、その下に連携病院を置き、がんゲノム医療の提供については集約化を図るようだ。

しかしながら実際に現場にクリニカルシークエンシングを導入するのはハードルが高い。アメリカでは、遺伝子検査の品質基準を保つのに臨床検査改善法基準の認証をもって運営能力を評価しているのに対して、本邦では基準の設定や法整備が遅れている。また、この認証取得は研究ラボでは費用が掛かりすぎて非現実的となっている。

 

クリニカルシークエンシングとは何か、何がわかるのか

クリニカルシークエンシングではまず、エクソン、プロモーター、重要なフュージョンなどの測るべき部位をあらかじめ決め、それに相補的な配列をもつライブラリーRNA「Baits」を設計する。BaitsはターゲットとするDNAに相補的な配列を持つことでターゲット領域とハイブリダイズする。この「Baits」はビオチン化されており、ストレプトアビジン磁気ビーズによって捉えられ、キャプチャされた配列だけを濃縮することが可能である。全ゲノム解析では3000Mb解析しなければならないが、全エクソン解析では60Mb、ターゲット解析では2Mbの解析でよい。当然ではあるがBaitの配列に含まれていない遺伝子の変異は検出できないので、留意すべきである。また、ターゲット部位がExonのみが含まれているのか転写調節領域が含まれているのかも意識するべきである。

MSK-IMPACT検査では検体に既知の460個もの遺伝子変異を検索する。一見、研究的側面は低いように思えるが、民族間での変異の頻度の違いなどを調べることができる。エクソンのみならず、Tertに関しては変異部位として重要なプロモーター領域まで読むことできる。さらに、BRAF遺伝子とのfusionの検出の際は、融合タンパクが未知であっても一続きのゲノムフラグメントは読むことができるので、新規のFusion Partnerが分かる

 

Clinical Sequencing時代の医師の仕事

実際の臨床現場では、生ファイルを「Pipeline」というプログラムに流すだけで変異を検出することができる。変異の検出アルゴリズムは、読まれた配列をヒトのリファレンスゲノムと照合し、変異をコンピューターに探索させるという流れである。本物の変異をなるべく落とさず、さらに検出された変異が真に変異である確率が高いシステムが望ましいので、変異の探索の後FilteringとCurationという処理が必要になる。Filtering処理とは、腫瘍に特異的で、かつ通常の検体で珍しい変異をFisher検定で導くので、陽性的中率が高くなる。また、同一患者のノーマルコントロールがある場合リファレンスとの間のFisher検定を行うことでcall errorを考慮し、真の変異を抽出しやすくなる。ノーマルコントロールがない場合は「Pipeline」が自動的にリファレンスと照合する。

また、次世代シークエンスがエラーしやすい領域をコンピューター上でFisher統計処理することによって、その部位が真に変異に相当するかが判断される。変異の割合は腫瘍コンテンツにおいて異なることや、シークエンス深度が配列の部位によってばらつくことなどもコンピューターのFilteringによって加味される。

また、検出された変異であってもSNPs、Germline、特定の民族で多い変異などは患者にとっては無意味な情報である。このためCuration処理によってそうした変異を検出しない操作を行う。エラー除去、さらに患者さんによっては伝えてはならない変異を「忖度」する必要がある。また、偽陽性を見過ごさないために、繰り返し配列などシークエンスエラーが起こりやすい領域( Noisy Loci )があるということを意識する必要がある。また、フォワードとリバースの一方でしか検出されない箇所はエラーだとみなす必要がある。さらに、他の健常者の検体で多く見つかるようなものはその場所はSequence errorが生じやすいと判断する。偽陰性を防ぐためには、大規模調査によって登録された変異「hotspot」に生じたerror callは緩めに設定する必要がある。現在、血液腫瘍を中心に経験的に、偽陰性の多い領域のhotspotのデータベースが作成されている。

京都大学病院では既に電子カルテ上にこうしたデータの管理とレポート作成が表示されるようになっているようだ。東大医科研では人工知能Watson for Genomicsが導入されており、pubmedなどの論文データからターゲットとなる薬剤、そのパスウェイ、進行している臨床試験なども示されるようになっている。今後、医師にはゲノムリテラシーが必要になり、こうした次世代シークエンサーの原理を理解すると同時に限界も認識する必要がある。

考察

このセミナーの後、私は実際に次世代シークエンサーで分かってきた臨床的知見について調べてみた。腫瘍だけでなく潰瘍性大腸炎クローン病などの炎症性腸疾患 (IBD) も近年、次々に候補遺伝子が挙げられてきている (Uhelig and Muise, Trends in Genetics, 2017)。 IBD発症のひとつとして顕著なのが免疫機構の破綻であり、IL10Rの変異が候補遺伝子と分かってからというもの、幼児期発症の患者に対して造血幹細胞移植が有効であることが明らかになった。自然免疫系の破綻ではメバロン酸キナーゼの欠損やNLRC4の欠損が知られるようになり、IL18あるいはIL1R阻害剤などが検討されている。HSCTが無効な患者では上皮組織の破綻が指摘されており、現在、間葉系幹細胞移植などが腸内免疫を整える重要な治療になりうるのではないかと考えられている。

次世代シークエンス登場以前の遺伝学的検査は、幼児期発症などの特徴的な発症様式や長期に及ぶ治療抵抗性のみの解析に終始していた。また、従来の検査では、診断がなされるのに時間を要し、標的治療が実際に行われるころには既に組織のダメージが不可逆的に進行し手遅れになっていた。次世代シークエンサーでは病初期に原因遺伝子を同定し、標的治療を早い段階から開始することを目指しているのでこれが解消されることが期待されている。

 イエール大学病院がんセンターの報告では現状の次世代シークエンサー頼りでは一筋縄に行かない症例があることが報告されている (Cecchini et al, Lancet, 2018) 。同じ変異 (ATM遺伝子) が検出された前立腺がんと未分化型肉腫の2つの症例に対して、変異を標的とした同じ化学療法 (Olaparib) を行った。ATM遺伝子とはBRCAという二本鎖DNAを修復するタンパク質であり、この変異が起きた癌細胞では相同組み換えに障害が生じる。通常であればPARPという一本鎖のDNAを修復する遺伝子の働きによって、この障害が修正されるのであるが、PARP阻害剤 (Olaparib) を投与することによって相同組み換えに障害がある腫瘍細胞のみに選択的に腫瘍細胞を崩壊させることができる(合成致死)。次世代シークエンシングを用いたイエール大学のPrecision Medicine Cancer Boardは、同じATM遺伝子の変異を持つ二人の患者に対してPARP阻害剤の投与を推奨した。同じ変異をターゲットにした標的療法を行ったにもかかわらず、前立腺がんの患者では寛解したのに対して、もう一方の未分化型肉腫の患者では増悪し死亡に至った。

 なぜ同じ変異のある症例に対して同じ標的療法を行ったにもかかわらず、全く異なった結果が表れたのだろうか。これにはいくつかの理由が考えられる。同じ遺伝子変異であっても違う腫瘍であること、変異の種類が違ったこと、同時に存在した他の変異が影響しうること、エピジェネティクスによって遺伝子発現が制御されたことなどである。このような多くの因子が患者に影響することが、次世代シークエンシングを用いる場合に念頭に置くべき課題である。

 セミナーでも触れられていた通り、次世代シークエンシングを用いた臨床試験はその結果からアンブレラ試験とバスケット試験という2つの試験に分類される。アンブレラ試験では違う部位の腫瘍であっても同じ変異の腫瘍であれば同じ分子標的治療薬によって寛解が期待できると示された試験である。対してバスケット試験では同じ遺伝子変異であっても違う臓器であれば薬剤への感受性が異なり、分子標的療法よりも従来の化学療法が勝るという試験である。最近、腫瘍の分子的特徴が、臓器や細胞の分化度といった「文脈」によって修飾されることが提唱されている (Schneider et al, Lancet, 2017)。さらに、癌化のシグナル伝達がある一定の閾値を超えて初めて細胞をがん細胞へと誘導することが知られているが、このシグナルの閾値も、組織型や分化度あるいは細胞がおかれた微小環境にも影響されうることが分かってきた。

次世代シークエンシングなどの技術の発展は確かに現在解決されていない多くの問題を明らかにしていくであろう。しかし新しい技術によってまた新たな難題が見えてくるということを医師・研究者は意識せねばならない。